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10/26〜28[競走部]第96回日本陸上競技選手権リレー競技大会

「一意専心」を貫き、3年越しの4継3冠! <梶将徳>



 

梶将徳(スポ4)
福島県・白河旭高校出身
自己ベスト100m:10秒50
200m:21秒23

 日本選手権リレー。それは4年生がチームを想い、後輩が先輩を想うシーズン最後の大会だ。
その想いを4年間、人一倍持ち続けてきた選手がいる。

 梶将徳(スポ4)。
現部員の中で、4継(4×100mR)3冠を経験していた唯一の選手だった。

 2009年、「短距離の早稲田」と言われた時代に入学。江里口匡史(現大阪ガス、平22スポ卒)や木村慎太郎(現アシックス、平21スポ卒)など、圧倒的な強さを誇る憧れの先輩たちと共に戦った1年目。チームは関カレ・全カレ・日本選手権リレーと3冠を勝ち取った。

 しかし続く2年目・3年目は個人で思うような結果が出なかった。 梶自身も「あの時期は本当にきつかった」と振り返るように、 100mは11秒台、200mは22秒台と、自身の持ちタイムから程遠い記録を連発してしまう。
一向に上向かない成績に、「気持ちは下に下に行くばかり」だった。

 そんな中で任命されたのは、「短距離ブロック長」の役職。
同じ短距離ブロックから浦野晃弘(スポ4)が主将に、牧野武(スポ4)が短長(=400mなどの種目)でチームを引っ張っていたため、梶の重きは自動的に4継へと置かれた。
しかし就任当初は「(自分自身が)ずっと走れていないので本当に大丈夫かな」と不安が募る。
「リレーは4年生が走らないと締りが悪い」ことを先輩の背中を見て学んできたからこそ、感じることも多かった。


 

 関カレに出場できなかった梶(写真右)と三原(同左)は、「次は俺らがあそこで走ろうな」と互いに話したという。

 そうして最終学年、もがきながらの1年が始まった。
厳しい練習を積んだ今年の短距離ブロックは強かった。
中でも100mや200mでは九鬼巧(スポ2)、竹下裕希(スポ2)らをはじめ、後輩がめきめきと頭角を現し、大活躍。
特にリレーは「誰が走ってもおかしくない」とメンバーが一様に口をそろえる程の層の厚さだ。気づけば、リレー1冠目となる関カレで梶はメンバーに選出されなかった。

 関カレでは「何もできなかった悔しさ」を経験した梶だが、この頃から調子に変化が出てきた。ようやく自身の思い通りに動けるようになったのだ。
夏頃から記録は上向きに。ベストに近いタイムが出ることもあった。
すると梶の上昇気流に飲み込まれるかのように短距離ブロックも勢い付く。
「チームのためにはまず自分が」という梶の気持ちが結果に結びついたことを表しているようだった。

 そして挑んだ全カレ。 梶は予選・3走に出場。しかしチームは本来の力を発揮できず組2着。タイムで拾われ事なきを得たが、決勝の舞台で梶が走ることはなかった。梶不在のレースでチームはリレー2冠目を掴みとる。 「早稲田は勝たなきゃならないチーム。『4年生で最後だから』と走らせるのではなく、その時一番ベストなメンバーを組んで勝つのが早稲田」と甘えは無かった。

 全カレを終え、チームはリレー最終冠に向かい邁進し続けた。
迎えた日本選手権リレー。
予選の3走に梶の姿があった。2走・竹下からバトンを受けると2位以下との差を広げる好走。4年生らしい走りに、スタンドで応援する部員からは「梶!」と激励が飛んだ。
そしてオーダーそのままに臨んだ翌日の決勝。梶にとっての引退レースが始まった。チームは終始トップを走り続け、アンカー・三原が三冠を表すポーズで堂々のゴール。

 梶にとって競走部での4年間が終わった瞬間でもあった。しかしその終わりは歓喜に満ちていた。

 この1年間、梶が描き続けた言葉は「一意専心」。高校時代の恩師から頂いた言葉だそうだ。
「最後の年は陸上競技だけに向き合うという意味で書いた」と梶。
2012年10月27日、その言葉を貫いた梶の姿勢がやっと報われた。


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関連URL
早稲田大学競走部公式サイト

(TEXT、PHOTO=矢野真由実)

 


 
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